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タイ報告 ’12.05.14

  F社の第2回タイ出張も18日(金)で終わる。タイ人相手の仕事は遅々と進まずである。私も半分はタイ人化してきているが、まだまだ日本人の熱は残っている。でもここはタイ国であると、自分自身を納得させている。
 仕事はともかく、私的にはタイ語個人レッスンを初めて受けた。個人レッスンというと勘違いをする人も多いが、テキストがあって時間が決められた(30時間コース)本格的なレッスンである。 実態は、先生、テキストともにタイ語と英語である。自分で日本語をあえて避けたのだが・・・・・60の手習いとはいえ悲惨な状況だ。
先生:テキストのタイ文を読みなさい(私:つっかかりひっかかり読む)
先生:文章の意味は解りますか((私:全く分からない)
先生:タイの単語解りますか(私:タイの単語は全て英語説明なので意味不明)
先生:英文の質問解りますか(私:全く分からない)
先生:英文の質問の答えをタイ語で書きなさい(私:一字一句テキストを丸写し)
 タイは熱い。しかし、私の頭はチンチンになっていない。なぜか冷めたい。私の全身がタイ人化して、全て鈍感になっているせいなのだろうか。これも、全く分からない。最後に、私:レッスン料途中で返却してくれますか【先生:マイダイ マイ ク-ン(返しません)】これだけはよく理解できた。

追伸
あのW社長とまた遭遇した。今から例の店(○ンヤ)で待ち合わせ。今回はどんな話になるのだろうか。重要な話はPM9:00までにはしておこう。しかし、重要な話も酒に飲まれてしまってはなんにもならない。でも、分からない話は、日本語でも、タイ語でも、英語でもやっぱり分からないだろうなと思う。

タイの食事 ’12.05.06

 タイでそれなりの生活を送っている。ピンからキリまでの食べ物で満喫している。もっともピンからキリは私自身の感覚で、世の中のピンからキリまでとは大きな隔たりはあるだろうと思う。
 ピンはやはり日本料理である。店主「川海老が入ったよ。刺身にする?」私「はい」。店主「カワハギの刺身は」私「あのう肝はありますか」。日本の居酒屋のようなやりとりができる店がある。でも、やっぱり日本料理は高い。日本で食べる値段と同じだ。あたり前だけど、タイで美味い日本料理を安く食べることはできない。
 タイ料理の美味い店もある。生ガキもある。何回か行ったが日本人を見たことがない。何を食べても美味しかった。高級食材を使っているのだろう。値段も高かったが、もう一度行きたくなる店でもある。
 屋台で食べるタイ料理は安い。駐在当初は、何をしてよいのかさっぱりわからず、注文すること、食べること、お金を払うことできゅうきゅうしていた。いまでは周囲を見渡しながら食べる余裕がある。しかし、注文する内容が固定(バーミーナム(タイラーメン)、カオマンガイ(ゆで鶏のせごはん)、カオナーペ(煮込みアヒルのせごはん))されている。もう少しレパートリーを増やしたいと思う。
 日本と同じパンを買うこともできる。こしあん、つぶあんのアンパンもある。味も値段もやっぱり日本とおなじだ。
 タイに住んでいてもここは日本じゃないかと間違うことがある。よく見ると周囲はやっぱりタイ人が多い。私はどんな日本人と見られているのだろうか。でも、タイ人の年寄りを見る目が温かいのはありがたい。

タイ報告 ’12.04.27

 熱いタイに来て痛風も順調に回復している。ナムケーン(氷)入りのビールを睨みながら、耐えながら食事をしている。しかし、ちょっとだけちょっとだけだが口に入れ始めた。危険な予感がする。いやー全く危険だ。
 タイに来ていろいろな人と交流している。そして、いろいろな人に助けられている。やっぱり人間関係は大事だなあと再認識している。仕事関係ではK社長に大変世話になっている。ずいぶん甘えた行動をしている。きちっと借りを返せるようになればよいのだが・・・・。K社長、ごめん、もう少し義理と人情にすがらせてください。
 Hさんにも世話になっている。パソコンの設定がうまくいかずホテルまで同行して処理してくれた。今では、上司でも部下でもないのに。Hさん、ごめん、もう少し昔の上下関係を使わせてください。
 先日は、SさんとIさんと食事をした。食事代はSさんが再就職祝いだよ面倒を見てくれた。Sさん、ありがとう、そのうち仕事で食事代を返せるようにしますので。Iさんには、タイ語の先生を紹介してもらう。本日面談をする。Iさん、ごめん、仕事も遊びも全く関係ないのに、もう少し無関係の関係を使わせてください。
 そしてMさん、ゴルフ日にはホテルからホテルまで面倒を見てくれる。ただ一つの共通点のゴルフで時間を使うだけで付き合ってくれる。Hさん、ごめん、ドライバーを自由に使えるようになるまで乗せてってください。
 まだまだサンヤ(居酒屋)友達も待っててくれる。みなさん、ごめん、病身なので飲み会は自重しているので。
こうして楽しいひと時を過ごしている。みんなよい人達ばかりだ。でも、やっぱり嫌な人はどこにでもいる。

追伸
Tさんの奥様の歌手のルウさんからコメントが入った。いたずらコメントだと思い削除しようと思ったが何とか留まった。異国の地で突然のコメント、うれしいものだ。

日々それぞれ ’12.04.23

 春風が心地よい季節になってきた。しかし、私の体は痛い風(つうふう)に襲われている。ちょっと気を許していたらこうなってしまった。家で「痛い、痛い」の言葉を発すれば「自業自得だよ」って妻が即座に反応するに違いない。だから体をひねくりまわして我慢している。その姿を見て娘が痛み止めの薬を買いに行ってくれた。その薬のお蔭でずいぶん楽になった。娘はありがたいなあと思う。
 明日から某会社のタイ工場設立準備のため約1ヶ月間タイ国に出張する。 今回は単独行動なので、比較的自由時間が取れやすい。だから、みなさんにはある日突然電話をいれるので覚悟しておいてほしい。昼間は仕事の話をはたくさんし、夜は個人的な話をチョットしたい。だって、私は痛風の身なのだから・・・・。でも夜がどこまで我慢できるかこれもちょっと心配している。

日々あれこれ ’12.04.17

 F社で年老いた新入社員生活を送っている。今のところ、前の会社に比べれば言葉は半分になっている。前の会社でも言葉を半分にしていたなら、嫌われ方も随分へっていたのだろうなと、・・・・今はちょっと反省している。
 F社でいろいろな人にお会いする機会が多い。会話の中でいろいろな人の名前が出てくる。世間も狭いなあと実感している。
 その1、入社日に従業員の駐車場を見ると、TKHSの名前の入ったトラックがあった。まさかと思ったが、米津町内の祭仲間の息子さんが、乗ってきていた車だった。米津町は700軒あるのに狭い町だなあと思った。
 その2、会社で隣に座っているKMD部長の息子さんが、あのタイのアユタヤのロジャナ工業団地に行くと言う。それもあのHS社長の会社だという。浜松市は人口80万人いるのに狭い市だなあと思った。HS社長からも驚きのメールが入った。
 その3、会社でWDさんと雑談していると、住居は中野町のMRKSさんは家の前だよと言う。そして、川向こう豊田町のNJMさんは同級生の友達だよと知ってる名前が出てきた。浜松市民と磐田市民で100万人いるのに静岡県西部地方は狭い地域だなあと思った。
 その4、会社にT商社のOMTさんが来た。私は初対面だが、富山県の某工場の仕事の関係で、私の兄を知っている言う。兄は豊橋市で鉄工場をやっている。静岡県、愛知県、富山県、日本の中部地方は狭い地方だなあと思った。
 こうして、いろいろな場面でいろいろな人の名前が出て、話しの内容を弾ましてくれている、和ませてくれている。名前を聞いてすぐ会いたいなあと思う人も居るし、顔を背けたくなる人もいる。それにしても世間は狭いなあと思う。

Appendix

プロフィール

Author:ナッチー
団塊世代から半周遅れのランナーで、今年無事還暦を迎えました。
眉目秀麗、容姿端麗、思想穏健、品行方正に程遠い人生ですが、それなりに生きています。目指す姿は、【夢を追い続ける白髪の青年】です。みなさん白髪の青年を見かけたら、ぜひ声をかけてください。ニタッと振り向きます。

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